11月中旬に縁あって三重県尾鷲市須賀利(すがり)を訪れました。須賀利は「にほんの里100選」の一つに選ばれている景観のいいところです。リアス式海岸に貼り付いたような集落は、灰色の瓦屋根がきれいに並び、落ち着いたたたずまいです。
ここは昭和54年まで外部から来る車道がなかったところで、ということはそれまで集落の中を車が走ることもなかったわけで、道はとても細く、人間の体の感覚にしっくりきて、居心地がよく感じます。
海伝いにそこへ行くしかない集落というのは、日本中、世界中、かつては普通にたくさんあったわけですが、今の日本ではほとんどないだろうと思います。けれども、国土地理院の地図をよく見ると、島や半島では今も細い1本線の道しか描かれていない集落はかなりあって、人が小舟でむらからむらへと行き来していた頃を思い描くことができます。島が散りばめられているような場所では、海は完全に道として捉えられていたと思います。「瀬戸の花嫁」のように「あなたの島へお嫁に行く」というのは、そういう場所に住んでないととてもロマンティックなような気がしますが、隣村に嫁に行くというただそれだけのことであります。五島列島のある島でも、恋人が隣の島に住んでいて、舟で会いに行っていたという話を聞いたことがあります。
須賀利はかつて連絡船で尾鷲から20分ほどでしたが、今は車で45分ぐらいかけてカーブをいくつも通って時に車酔いに悩まされながらアプローチするようになっています。連絡船は今はありません。住む人たちは、車の方が便利だと言います。天候に左右されないからだそうです。
リアス式海岸の風景は、見慣れないと異国のようにも思えます。毎日こういう海を見ている人と、毎日白く高い山を見ている人と、きっといろいろな感覚が違うんだろうと思います。
10月にイセエビ漁が始まり、4月頃まで続くそうです。11月には朝の5時半頃には舟が沖から帰ってきて、エビを網から外す作業が数人がかりで行われます。網にはイガミやフグやほかのいろいろな魚もかかっていました。イセエビを数尾食べさせていただきました。言うまでもなく、とても美味でした。(清藤奈津子)